小噺 母性

「雷蔵、寝そべってみてくれ。」

三郎はよく雷蔵にそういう。
雷蔵も熱心に本を読んでいたり、課題をしていたりするとき以外は
その三郎の要望にできるだけ応えてやる。

その後は三郎がまるで当然のように雷蔵にぴったりと張り付いて
心臓の音を聴いたり、小さな腹の鳴る音を聴いたりしている。
雷蔵は仰向け、三郎はうつ伏せで乗りかかってくるので、
三郎が雷蔵の身体の音を聴いている間は雷蔵は身動きがとれない。

高く結った髪が畳との空間をさらに広げるので
頭から首にかけて結構な負担がかかる。
雷蔵はそんなとき迷わず髪を解くのだが、
三郎はその雷蔵の解いたときの姿が好きらしい。

雷蔵が髪を解いた気配を腹の上から感じると、
スッと顔を上げてじっと雷蔵の顔を見る。
そんなとき三郎が何を求めているか、いつの間にか
わかるようになっていた雷蔵は優しくそれを与えてやる。

温かい手のひらを、幼子の頭へ。

すると三郎は穏やかな目をする。
実習のときや、普通の級友がいるときには絶対に見せぬ
そのとろりとした瞳。
安心しきっている。

「雷蔵。」

くい、と腕を引いて雷蔵の上体を起こさせると、
正座（たまに足を崩した状態のときもあるが）をさせて
そこにまたうつ伏せになって、腹に耳をぴたりとつける。

雷蔵も最初は股の間に人の頭があるわけだし、
落ち着かなかったが、ときどき三郎が
親指の爪先をカシカシと小さく噛みながら
腹の音を聴いているので

いわゆる一つの赤ちゃん返りか、と認識している。

それにしては遅いなぁ、と思いつつも、
小さく丸くなって瞼を柔く閉じている子の頭をゆっくり撫でてやるのである。
ぱちり、と目を開けて横から上目遣いでこちらを見上げる。
そのたびに雷蔵も俯いて髪を垂らしながら微笑んでみせるのだ。

するとその大きくも幼い子供は口を吸いたがる。
最初は乳を吸うようにゆっくりゆっくり吸うので
雷蔵も口元をゆるく上げたままその口を受け入れる。

しかし、いつの間にやらその口吸いは
がっちりと雷蔵の頭を抱えてするものに変わるので
少し肩を押して、雷蔵が三郎に目を合わせたときには
すでに幼子は男に変わっている。


こいつの中で自分が母から女（いや、もしかすると男のままなのかもしれない）に
変わる瞬間はいつなのだろう、と酸欠のぼんやりとした頭で
雷蔵は考える。





畳に髪が散らばった時が、足を開く合図なのである。






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穏やかな鉢雷かと思わせて最後はこれって･･･(；´Д｀)
ごめんちゃい。（真剣味が足らんわ！！
何だか三郎の赤ちゃん返りの話を書いてみたかったのです～･･･。